第5号pp.1~2「序にかえて-北海道廳殖民軌道藻琴線-」

序にかえて-北海道廳殖民軌道藻琴線-
                          木   村     孝
■殖民軌道とは…
一言でいえば、「道路がわりの特殊な軽便鉄道」である。軽便鉄道であれば原則として鉄道省(戦後は運輸省)が所管するはずが、戦前は内務省隷下の北海道廳、簡易軌道と名を変えた昭和26年以降も、農林省(当時)さらに総理府の北海道開発庁が所管していたことからみても、これが「特殊」な鉄路であることはわかる。

■北海道拓殖の…
大きなネックの一つは交通とくに物流にあり、漁業についても、豊富な天然資源に恵まれながら獲った魚を出荷する手段がないため「値が付かず」、仕方なくランプに使う魚油に加工するしかなかった地域は多かったのである。
ことの深刻さは内陸の農業地帯も同様で、ともかくも馬橇が使える冬の積雪時期はむしろ天国で、馬車の車輪が、夏場でも数10センチは埋まり、春先の雪解け時には、ぬかるみに半分以上が埋まるという状態ではまともな物流は不可能だったという。
 また、短くても数1000年間繁殖した植物による養分の混ざった土壌のあった開拓当初は大豊作となっても当り前であるが、ほどなく地味が痩せ、大量の化学肥料の投入が必要になったものの、肝心の春先にそれを運ぶ手段に事欠いていたのである。

■本格的な鉄道が…
 当時の輸送手段としては理想的で、国も、北海道については省線(後の国鉄→JR線)の建設の前倒しや私鉄(地方鉄道・軌道)への配当保証の上積みなどでの特例を設けたものの、広大な北海道で一朝一夕に鉄道網ができる道理もなかった。

殖民軌道根室線 西別停留場(馬鉄時代)
中標津方面(画面奥)と厚床方面(同手前)から来た馬鉄の車列が、ここですれ違う

 そこで、道廳が「道路の一変形」として、大正13年12月、根室本線厚床駅から根室国標津郡標津町中標津間の48.3㎞に敷設した「根室線」が殖民軌道の始まりで、これは、昭和21年度まででも、合計34線総延長約625㎞に達している。
 当初の計画では、道廳が線路を敷設するほか平らな台枠に車輪2組を付けた台車を用意し、住民が自分の馬を台車につないで荷物を運送する、という形態であり、実際にも、最後まで馬を動力とする「馬鉄」として運行されていた路線が大半だった(ただし、維持費の捻出のため、各停留場ごとに結成された運行組合の管理下で運行するのが一般的だった)。

■軌道により…
沿線が発展すると、当然、人や物を輸送する需要は増加することになる。
 この根室線はその典型で、開通翌年にはもう輸送能力の限界に達する有様となり、道廳は昭和4年、アメリカ製ガソリン機関車を導入すると同時に、おそらく安全確保の必要からこれを直営化した。しかし、それでも輸送力が需要に追いつくことはなく、昭和6年には、沿線各地の作物だけでなく釧路港に2000トンもの肥料の滞貨が発生し、これが、昭和8~12年にかけて、当地に「本物の鉄道」である標津線(平成1年廃止)を前倒しで開通させる主因となったのであるが、それが藻琴線に大きな影響を及ぼしている。

■藻琴線は…
後に藻琴線に移籍したうちの1両と思われる、米国ホイットコム社製ガソリン機関車
北海道廳根室支廳「根室大觀」同/昭和4年・刊 中
「殖民地における交通」「厚床停留場」から抜粋
昭和10年9月に国鉄釧網本線藻琴駅前から東藻琴基線(南20号)間15.2㎞が開通、同12・13年にかけて藻琴山麓の山園(同南36号)まで10.2㎞伸長されたが、そのレールなどの資材、機関庫(軌道鍛冶場)などの附属施設、合計4両のアメリカ製ガソリン機関車などは、国鉄標津線の開通によって順次廃止された根室線から転用されている。
 その後、藻琴線は、昭和16年の時点で、年間貨物1万8000トン・旅客6万8000人と異例の輸送成績をあげたほか、戦後の昭和24年には南部の東洋沢地区への入植者に対応して、同地区からの木材搬出のため、末広~東洋沢7.4kmの東洋沢支線が伸長されている。
 車両の面でも、国産ディーゼル機関車、戦後の自走客車と呼ばれる小型ディーゼルカーは一般的といえるが、それらに加え、有蓋貨車、2軸の台車を2つ備えた大型のボギー客車、さらには小型の蒸気機関車といった殖民軌道としては異色の車両が導入されている。
 しかし、モータリゼーションの進む中、昭和30年代半ば過ぎには大半の路線は休止状態となり、昭和40年に至って全ての路線が廃止されて線路の撤去跡は道路に転用され、ここに「道路の一変形」だった軌道は「本物の道路」に変貌したのである。

【参考資料】
 Web「簡易軌道歴史館」<http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/8284/local/mokoto.html>
 北大鉄道研究会「混合列車 Vol.19」同会/1990・刊 同「同 Vol.22」同会/1993・刊
 東藻琴村「東藻琴村史」同村役場/昭和47年・刊 

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